<ご注意>
このブログには、性的な描写や、SMに関する内容など、アダルトコンテンツが含まれています。
そのような内容に対して不快感や嫌悪感を抱かれる方、若しくは、18歳未満の方は、閲覧をご遠慮ください。
また、閲覧をされる方には、当ブログ内の文章および画像の、無断転載を固くお断りいたします。

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ご案内

ご訪問ありがとうございます。
このブログを初めてお訪ねくださった方は、
記事の閲覧をされる前に、下記の内容をご一読くださいませ。
当ブログの概要、ご注意などが書いてあります。


<ご案内>

「いとおしい日々」は、
サディストである「Tさん」と、わたくし「ジュディ」、
この二人のことを綴ったブログです。
Tさんと私は、SMの世界で言う主従関係を結んではいますが、
その実、さほどタイトな主従ではありません。
これまで、私たちは、
Tさんが折に触れて私に言ってきた、
「パートナーとの関係に定義は在りません。二人で創れば良いのだから」
という言葉のとおり、
括りとか呼び方とかに囚われるのではなく、
私たち二人が心地よいと感じる在りようで、日々を重ねてまいりました。
SMのペア(pair)は、この世の中にあまた存在しますが、
一つとして同じものはありません。
それぞれのペアは、
嗜好も、スタンスも、二人を取り巻く環境も、
他のどのペアとも違うものであり、
それぞれが、唯一無二の形であると私は考えております。
このブログに綴られているのは、
その中の一つ、「Tとジュディ」のペアの形です。

当ブログは、アダルトカテゴリに属しており、
記事には、SM行為など性的な内容を多く含んでおります。
そのような事柄に対して、嫌悪感や不快感をお持ちの方は、
この先の記事の閲覧をなさいませんよう、お願い申し上げます。
記事の閲覧を続けられる方には、
以上の事をお含みおきの上で、
ブログ「いとおしい日々」をお読みいただければ幸いです。

いくつかの記事に、ブログ掲載後の加筆・修正を施していますが、
個々の記事の中では、そのお知らせをしておりません。
悪しからず、ご了承くださいませ。


ジュディ
[ 2020/01/01 ] 未分類

いとおしい日々

最後に記事を更新してから、三年という月日が経ってしまいました。
ブログの更新を止めてからも、Tさんとの関係は変わらず続いていましたが、
ちょうど一年ほど前に、Tさんの重篤な病状を知らされてからは、
二人でSM行為をすることはおろか、
逢って顔を見ること、さらには、メールの交換さえままならなくなり、
わたくし自ら、SMの世界から離れるタイミングを計っておりました。
今月は、Tさんと共に歩き始めて満10年が過ぎた月でもあります。
SMの世界から離れるという区切りをつけるなら、今。
ひとり、そう決心しました。

今日、私が預かっていた分のすべてのお道具が入ったケースを、
誰にも見つからないように隠していた場所から出してきました。
道具のひとつひとつを手に取ると、
Tさんと過ごした「いとおしい日々」が鮮やかに蘇ります。
たぶんもう逢えない、Tさんとのたいせつなたいせつな思い出です。
切なさに心が震えるようでしたが、
できるだけ心を乱さず、事務的に淡々と、捨てる作業を進めました。
分別用の袋をいくつか用意し、
一つ一つの道具を切り刻み、分解し、手放してゆきます。
とは言え、どうしても、捨てる作業の手が止まってしまうものもありました。
Tさんも私も大好きだった、鞭を処分するときには、
革の匂いを深々と胸に吸い込み、
いつもTさんが握っていたグリップ部分に、頬ずりをしました。
二人が愛した、私の乳首を繋ぐ鎖つきのクリップも、
そのずっしりとした重みを、両手で確かめてから、さよならをしました。
「首輪だけは捨てずにおこうか...」
最後の最後にぽつんと残った首輪を目にしたとき、
ふとそんな思いが頭をよぎりましたが、
しばらく、首輪を手に、眺めたり撫でたりしながら躊躇った末、
やはり予定通り、処分することにしました。

長いあいだ放置してきましたこのブログも、もうしばらくしたら、
そう...春が来る頃には、完全に閉じようと考えております。
これまで、ブログを通じて交流してくださったすべての皆様、
温かいお付き合い、楽しいお付き合いをしてくださり、
本当にありがとうございました。
大変失礼ではございますが、この場を借りまして、
お一人お一人に、感謝と、ご挨拶の言葉を送らせていただきたく存じます。

皆さま、どうぞお元気で。

ジュディ
[ 2017/01/21 ] ご挨拶

節目はいらない

この、一月という月には、
Tさんと私が初めて逢った記念日がある。
今年もその日が巡って来て、私たちの歴史は更新された。
けれども、Tさんと私のあいだで、
そのことを取り立てて話題にすることは無い。

ずっと以前...
そう。あれは、Tさんと私の歴史が満一年を迎えた時のこと。
私は、まるでその日を待ち構えていたかのように、
その事実、つまり、私たちが一周年を迎えた事を、
Tさんに伝えたことがあった。
当然、Tさんからも、
私と同様、二人の記念日をよろこぶ言葉が返されることを期待して。
けれども、そのとき返ってきたTさんの言葉は、
私の予想とは違うものだった。

「僕たちの、これから先の月日を考えれば、
まだ1年しか経っていないよ。
僕たちに、節目はいらない。
節目を創らずに、毎日が二人の時間。
それで良いと思う」

節目はいらない。
Tさんは、そう言い切った。
正直に言うと、
あまりにもきっぱりとしたその言葉を受け取った時、
私の心の中に、ほんの一瞬、そして、ほんのわずかに、
落胆めいた気持ちが兆したのを憶えている。
けれども、すぐに思い直して、
Tさんの言葉に自分の心を添わせてみる。
すると、
「僕達が目指しているのはどんな場所だ?
そこに辿り着くまで、まだまだ先は長いだろう?
こんなところで気を抜くなよ、ジュディ」
Tさんの、そんな声が聞こえてきそうな気がした。
私たちの前途を見晴かす、
彼の眼差しに触れたような気がした。

さて、
最初は落胆に似た思いさえ抱いた、
「節目はいらない」という言葉だったが、
その同じ言葉が、
今では、年々、
殊に、Tさんが病を得てからというもの、
しみじみと私の胸に沁みてくる。
それは、私が、
Tさんとこれまでに過ごした時間、
あるいは、これから共に過ごすであろう時間の長短に囚われることなく、
彼との「今」を慈しむ思いを、より強くしたせいかもしれない。

節目はいらない。
今では私も、心からそう思っている。
自分が、今、この一瞬を、
Tさんのパートナーとして存在していられること。
それだけで、じゅうぶんだ。
[ 2014/01/15 ] Tとjudieの在りよう

祈る

Tさんは、おととし、去年と、二年続けて、
冬の時期にひどく体調を崩し、
検査やら入院やらで、病院との縁が切れない年末年始を過ごした。
以前、私は、或る記事のなかに、
Tさんと私にとって、夏は鬼門だという内容の事を書いたことがあったが、
こうなると、もはや、鬼門のジンクスは夏に限ったことではなくなってしまったようだ。

戦戦恐恐。
そんな言葉が思い浮かぶ。
Tさんが病を得て以来、
季節を問わず、私は、ずっと、そんな心地で日々を過ごしてきた。
いまは鳴りを潜めている、彼の体内の不安要素が、
またいつか、活発に動き始めるのではないか。
私の心からは、そんな、畏れや怯えが消えることは無い。

たとえば、先日の調教の日のこと。
鞭打ちを終え、いつものように、インターバルでお風呂に入り、
部屋に戻ったところで、Tさんがぽつりと言った。
「今日はもう、上がろう...かな...」
なんだか様子がおかしかったので、
「どうしました?」と尋ねると、
「体調が...ちょっと...」という言葉が返ってきた。
「体調が...」と言った時のTさんの口調の、
何とも言えない歯切れの悪さと、
これまで私に見せたことが無いような戸惑いの表情が、
私に胸騒ぎを覚えさせる。
その日は、とにかく急いで帰り支度を済ませ、早々に帰途についた。

帰宅後、Tさんから、
無事に帰り着いた旨の連絡を受けて、
私はようやく胸を撫で下ろす。
それからTさんには、
今後、体調が少しでもおかしいときには、決して無理をせず、
たとえ当日、待ち合わせ時間の直前であっても、
遠慮なくキャンセルしてほしいと、善く善くお願いをした。

昨日はTさんから、新たなメールが届く。

「昨夜と言うか、今朝に近かったかな。
ふたご座流星群の流れ星を幾つか見ました。
これから先も、ジュディとの時間がずっと続く事を祈ったよ」

冒頭に、そんな素敵なメッセージが書かれたメールには、
Tさんが、この冬、普段より健診の回数を増やしている事、
短いサイクルで、薬の効き方や体調変化を確認している事など、
直近の通院の報告なども記されていた。
どうか、どうか、Tさんが、
まずはこの冬を、何事も無く乗り切れますように。
そうして、その先の季節も、彼が恙無く、心穏やかに過ごせますように。
そんな、祈るような思いが、私の胸いっぱいに込み上げてくる。
[ 2013/12/16 ] 未分類

彼のモットー

Tさんと逢ってSM行為をするにあたり、
もし私の方に、
近々予定されている健康診断や、温泉などへの旅行がある場合は、
それをきちんとTさんにお知らせすることになっている。
Tさんはとても慎重な人だ。
彼は、私が人前で肌を晒さなければならない場所へは、
SM行為による痕跡など、一つとして無い状態で出さなければならない、
と考えており、細心の注意を払う。

二人の間で鞭の使用が始まった当初から、
Tさんは、鞭打ちを施すたびに、私に、<痕の報告>を課してきた。
彼は、鞭打ち後しばらくのあいだ私が送り続ける痕の画像を見ては、
その都度、私の身体が被ったダメージを確認する。
すなわち、何を使って、どれくらいの力で叩いた時に、
私の身体に、どのような痕が生じるのか。
そして、それらの痕が私の肌から完全に消えるまでに、
どれくらいの時間を要するのか。
Tさんは、それらの確認を丁寧に繰り返し、
今や、私の肌の特質、個性を熟知している。

先日、Tさんと逢ったとき、私は、間近に旅行を控えていた。
女性同士で出かける数日間の旅で、
もし現地で気が向けば、温泉やエステなどを利用することにもなりそうだった。
そのことをTさんに伝えていたので
今回は、おそらく、彼の大好きな鞭を手加減させてしまうことになるだろう。
そのことを思うと、たいへん申し訳ない気持ちになったが、
そもそも、鞭打ちをおこなうのか、おこなわないのか、
おこなったとして、どの程度の痕を残すのか、など、
一切を決めるのはTさんだ。
私は、今回も、普段と変わりなく、
すべてTさんにお任せしようと決めて、彼の前に、この身を差し出した。

その日の鞭打ちには、布団叩き、乗馬鞭、ベルト鞭が使われた。
やや軽めながらも、それなりに素敵な痕がついているのを確認していたので、
その夜、自宅での入浴時に、
いつものようにゆっくりと痕を愛でようと、私は、全身を鏡に映してみた。
と、ここで、私は思わず、「えっ?」と声をあげてしまう。
あんなにはっきりと浮かび上がっていたはずの鞭痕が、
どれも、もう目を凝らさないとわからない程度にまで色を薄めていたからだ。
場所によっては、既に跡形もなく消え去っているものさえあった。
この時の私は、きっと、狐につままれたような顔をしていたに違いない。
けれども私は、すぐに、「あぁ、そうか!」と思い至る。
Tさんが私に課してきた<痕の報告>は、今回のような時の為だったのだな、と。
「さあ、痕のことは気にせずに、安心して旅行に行っておいで」
私には、Tさんのそんな声が聞こえたような気がした。

鞭打たれたにもかかわらず、その痕跡を残せなかった身体は、
殺風景で、なんともさびしいものだ。
けれども、今回、かくも短時間できれいに消えてしまった鞭痕を前にしたとき、
私は、Tさんの手加減の鮮やかさに、いっそ清々しささえ覚えた。

「優先するのは、ジュディの日常」

Tさんは、彼が常々言葉にするこのモットーを、
今回、旅行を間近に控えた私に、
こんなにもきっちりと実践してみせてくれた。
[ 2013/11/17 ] 未分類

呼応

(from judie to T)
後背位で膣に性器を挿入されたまま、足をきつく閉じる...
背後からまわされたTさんの両手が、私の乳房を痛いくらいに揉み、
やがて指が、乳首を捻りあげ、それを潰し始めた時、
私のなかで、何かのスイッチが入ったかのようでした。
容赦なく乳首を潰すTさんの手に、自分の手を添えて、
「もっと!...ねぇ!...もっと潰してっ!!」
そう叫んだような記憶があります。
それから、自ら激しく腰を振り、
自分の声とは到底思えないような、ドスの利いたよがり声を上げながら、
私は、頭の中で、「気持ちいい!気持ちいい!」と繰り返していました。
「犯してください!」と口走ったことも覚えています。

あのときの二人の様子を思い出す時、
私の脳裏には、<呼応>という言葉が浮かんできます。
Tさんと私が、互いに呼び合い、そして、応え合う姿...
相手の反応が、互いのさらなる反応を呼んで、二人して高まってゆくさま...
それはまさに、
Tさんが折に触れて私に仰っている、<二人で創る世界>そのものでした。


(from T to judie)
乱れたジュディは素敵だった。
自分の見たかった姿だったからね。
ジュディの身体の反応は、とても良く伝わったよ。

気持ち良さそうに尻を振る。
快感に助長され、もっと、もっと、と痛みを求める身体。
そして、新たな痛みを、新たな快感に変換する身体。
それは精神の触媒による変換だ。

もっと乱れれば良い。
形振り構わず、理性など捨てて、
変態淫乱女に成れば良い。

「もっと痛くして。」と叫べば良い。
「犯して下さい。」と懇願すれば良い。

楽しい。

楽しいよ、ジュディ。
[ 2013/10/23 ] 調教の日のこと

水引を結ぶ

「日常生活で、ふと眼にしたものの中にも、
これを使って、こんな風に責めてもらいたい、
と思うような物が、いくつかあるだろ。
毎日、なにげなく過ごす時間の中にも、
きっと、刺激的な道具が見つかるはずだ。
100均ショップやホームセンターの中にも、
責めの道具は並んでいるからね」

Tさんのこの言葉を聞いた時、私は思い出した。
以前、縄跳び鞭を作った際に余った、100均のビニール縄跳びが一つ、
まだパッケージを開けられることのないまま残っていることを。
その縄跳びで、先日、私は鞭打たれることとなった。

一本の縄跳びを二重にした先端の、U字になった部分が、
私の腰から尻の辺りに打ち付けられる。
最初の一打ちが当たったとき、
まず、おそろしく鋭い痛みが走った。
すぐに、ひりひりと焼けつくように熱を帯び始めたその場所には、
皮膚の下に熱線でも埋められたかのような感覚が生じている。
縄跳び鞭の威力は、
自作の鞭を作った時の試し打ちから想像はしていたものの、
当り前のことだが、
恐る恐る自分で自分を打つのと、容赦なく人から打たれるのでは、
様子が全く違うのだと、心底思い知る。

一頻り、続けざまに鞭打つと、
Tさんは、私を、洗面所の鏡の前へといざなった。
「見てみろよ」
そう促されて、私は、自分の後ろ姿を鏡に映す。
腰から尻にかけての、熱を帯びている部分は、
蚯蚓腫れのせいで、でこぼこに赤く腫れあがり、
縄跳びが皮膚に触れた通りに、
直線や、U字型、あるいは、雫型の模様が重なり合っていた。
鏡の中の鮮やかな痕に見惚れる私の耳元で、Tさんが囁く。
「ね...字が書けそうだよ。このU字がかわいいんだよね」

鏡に映る腰の中ほどに、私は目を留める。
そこには、
ちょうど赤い水引きで花結びを作ったような、
かわいらしい紋様が浮かび上がっていた。


mizuhiki
[ 2013/10/05 ] 調教の日のこと

不完全な便器

TさんのSMパートナーにしていただいた当初、
そう、まだSMの世界の右も左もわからなかった頃に、
私は、Tさんに、彼の呼び方をどうしたらよいかと尋ねたことがあった。
Tさんからは、次のような答えが返ってきた。

「初期の段階では、
調教の最中には、ご主人様と呼ぶことで、
スイッチが入りやすいと思います。
主従関係も明確に成り、雰囲気も作りやすいです。
でも、"ご主人様"は、あくまでも、調教の最中だけ。
その他の時には、対等な関係ですから、「〇〇さん」で構いません。
慣れてきたら、きっと、その頃には、
お互いの呼び方が決まっていると思います。
2人で創る世界ですから、2人だけの自然な流れが生まれます」

あれから、何年かの時が流れた。
私がTさんに尋ねた呼び名の件は、
結局、彼が私に答えてくれた言葉の通りになったのではないかと思う。

さて、私はいま、
Tさんから、「性処理奴隷」あるいは「肉便器」などと呼ばれることがある。
このどちらの呼び名も、
日常生活では、まず使われることのない類のもの。
大げさで、どこか芝居掛かっていて、
Tさんから「変態さん」と呼ばれる私でさえも、
そういうスイッチが入っていない時に、その呼び名に触れると、
気恥ずかしさや滑稽ささえ覚えてしまう。
けれども、そこにひとたびSMの空気が加わると、
有無を言わさぬ雰囲気を纏ったこれらの呼び名は、
呼ぶ方と呼ばれる方、つまり、Tさんと私の双方にとって、
とてもしっくりとくるものに変ずるのだから、不思議なものだ。

呼び名について、くどくどと書き連ねたが、
プロフィール欄や、<ご案内>にも書いているように、
私は、自分とTさんとの間では、呼び方などどうでもよいことだと考えている。
その時々のTさんの気分次第で、
私は、よろこんで、「ジュディ」にも「おまえ」にも「奴隷」にも「便器」にもなる。
このようなスタンスでいる私に、
ある日、Tさんから、「役割」という件名のメールが届いた。
そこには、こんなことが書かれていた。

「おまえは、俺の性処理奴隷だよな。
おまえは、俺の肉便器だよな。
自分の役割を、きっちりと果たせ。
俺の精液を、小便を、飲み干し、
俺の排泄物を食らい、
その喜びを自らの誇りとしろ」

Tさんの精液や尿を飲み干すことは、私にとって、もはや普通の行為だ。
温水トイレのシャワーをわざと使って来なかったと言うTさんの肛門を、
私は躊躇なく舐め上げ、きれいにする。
私の口、性器、肛門は、Tさんの射精の場所として自由に使われる。
自分は、Tさんの便器としての役割を、
それでもう、じゅうぶんに果たしているものと、勝手に思い込んでいた。

けれども、Tさんのメールの中で、前出のくだりを読んだ時、 
私は、一つの事に気付いて、はっとしてしまう。
私は、Tさんの排泄物(大きい方)を口にしたことが無い。
ということは、
自分はまだ、Tさんの便器としては不完全なのではないか?
そう思った途端に、私は、ひどく居心地が悪くなった。
そして、その心地悪さに掻き立てられるようにして、
Tさんに次のようなメールをしたためていた。

「今回のTさんの言葉で、
私は<便器>の意味、そしてその役割について、
初めて、きちんと考えたような気がしています。
私は、便器なのですから、
Tさんのウンコもいただかなければ、本当の便器とは言えないでしょう。
ご主人様の黄金をいただきたい。
いま私は、そう強く思っています」

こんなふうに、ふとしたことをきっかけにして、
自分の中に、
それまで思いも寄らなかった欲求や衝動が湧きあがってくる時がある。
それがどれほど愚かで、滑稽で、汚らしい内容であっても、
私は、そのありのままを、Tさんに吐露する。
自分の本性や願望を曝け出す。
そんな私を、難無く、
いいえ、それどころか、歓迎さえして受け容れてくれる人の居ることの、
なんと心強いことか。


--------------------
(from T to judie)
「そうだ。
おまえは、自らの願望に素直であれば良い。

おまえは素直に成れば良いんだよ。
おまえの中の願望を、全て曝け出せば良い。

良いじゃないか。
もっと曝け出せよ。
おまえの変態性の最深部の姿を。

最深部...
自らが意図しない場所に在るのかも知れないね。
それらを気付いた時に、少しずつ話せば良い。

僕は、何を聞いても驚かないと思う。
当たり前にさえ聞こえるかも知れない。
そんな気がするよ」
[ 2013/09/18 ] 未分類

ご褒美

ひれ伏した私の、高く突き出した尻が、
布団叩きで打たれてゆく。
最初、Tさんは、普通に叩いていたが、
やがて、興が乗ったのか、
途中からは、私の背中や頭を踏みつけながら打ち、
私を追い込んだ。

布団叩きの激しい責めが止んだ時、
私は、「よし。ご褒美だ」というTさんの声を耳にした。
Tさんは、今度は、私の背中を、ベルト鞭で打ち始めた。
ベルト鞭は、私の大好きな鞭だ。
ベルトで背中を打たれると、
私は、悲鳴ではなく、深い吐息を洩らしてしまう。
素肌を革のベルトで思いっきり打たれるのだから、痛くないわけがない。
けれども、何故だろう。
私は、うっとりとして、呻き声さえ出ないのだ。
そうして、背中を打たれるたびに、私の胸の中は、しんと鎮まってゆく。

「おまえに気持ち良くなられてはつまらないんだよ」
以前、私は、Tさんから、そんなことを言われたことがあったが、
私は、これがTさんの本音なのだろうと思っている。
私に気持ち良くなられては、Tさんがつまらないのであれば、
私は、自分の気持ち良いことは二の次でいい。
たとえば、Tさんから施される鞭。
Tさんの前では、
私は、自分が気持ち良くなる鞭よりも、
逃げ出したくなるような無慈悲な鞭を選んで受けたいと思う。

ただ、これは不思議なのだけれど、
自分にとって気持ちの良い鞭よりも、無慈悲な鞭を受けた時のほうが、
私の脳は、明らかに悦んでいる。
身体は正直だ。
逃げ出したいと思うほどの酷い責めを受ければ受けるほど、
私の性器は濡れてしまう。
濡れて、濡れて、溢れてしまう。
Tさんからも、それを指摘されたので、そのついでに問うてみた。
「なんででしょうね...」
するとTさんから、即座に、
「だって、変態さんだもの」という、
何を今更そんなことを、と言わんばかりの答えが返ってきた。

先ほど、私は、
「気持ち良くなる鞭よりも、逃げ出したくなるような無慈悲な鞭を選んで受けたい」
「自分の気持ち良いことは二の次でいい」
などということを書いたが、
そう言いながらも、
一度でいいから、気を失うまで、背中をベルトで打たれてみたい、
と思うほど、ベルト鞭に心惹かれている。
だから、ベルト鞭を受けるということは、
Tさんの言葉の通り、私にとっては、紛れもないご褒美。
体力を使って叩いていただくのが申し訳なくなるほどの、
素敵なご褒美なのだ。
私の記憶に間違いがなければ、
Tさんから、
「これはご褒美だ」とはっきり前置きされた上でご褒美をいただいたのは、
この日が初めてではなかったか、と思う。


--------------------
(from T to judie)
「気がついたら、
逃げるおまえの頭を踏みつけ、
逃げるおまえの背中を踏みつけ、
布団叩きで尻を叩いていた。

短い時間しか叩かなかったが、
頭は、スッキリした。

気持ち良かったよ。

あんまり気持ちが良かったから、
ご褒美でもやるか、と思った。

おまえが大好きな、背中への鞭打ちだ。

おまえの背中を叩くと、
おまえは全身を小刻みに震わせ、吐息を零す。
全身が、吐息を零す。

俺が気持ち良く成れば、
たまには、あんな「褒美」もやろう。

おまえが、色々な宿題に合格すれば、
ベッドに大の字にして、
満足するまで、ベルト鞭で、背中を叩いてやろう」
[ 2013/09/08 ] 調教の日のこと

指は知っている

過去の記事の中でも触れたことがあるが、
調教の日が近づくと、私は、Tさんから、
当日の服装や持ち物、あるいは、事前の排泄に関する事まで、
さまざまな指示を与えられる。
今回も、それは例外ではなかったが、
調教前日になって、珍しく、追加の指示が書かれたメールが届いた。
「明日は、奴隷の挨拶に、
"本日は、スカトロ変態女を、浣腸責めで思う存分に甚振って下さい。"
という言葉を入れろ。
楽しみにしている」と。

翌日、私は、いつものように、
全裸に首輪を着けただけの格好で、Tさんの足元に正座をして、
三つ指をついてひれ伏し、奴隷の口上を述べた。
もちろん、前の日にTさんから指示された一文も忘れずに付け加える。
口上を聞き終えたところで、Tさんが口を開いた。
「そうか...今日は浣腸をされたいんだな?」
私の、肯定の返答を待って、Tさんは続ける。
「じゃあ、ちゃんと顔を見て、浣腸をされたいです、って言えよ」

焦らされている...。
お預けを食っているのだ、私は。
そう意識した途端、
私の中で一気に膨らんだ羞恥心が、不覚にも、私を深く俯かせた。
Tさんはといえば、そんな私を、尚も追い込んでくる。
「どうした。浣腸してほしいんだろ?」

私は、そこで一つ大きく息をすると、
俯いていた顔を思い切って上げ、
Tさんを見つめながら、こう口に出した。
「浣腸を...されたいです」
「ふっ」とTさんが笑う。
それから彼は、二個入りのイチジク浣腸の箱を開けると、
一個を手に取り、部屋の中程に向けて無造作に放り投げた。

「取ってこいよ」
Tさんのその一言を聞いて、
私は、いま自分が、どう行動するべきなのかを察した。
犬になるのだ。
私は、イチジク浣腸が落ちている場所まで四つん這いで行くと、
そこに転がっているピンク色の容器を口で拾って、Tさんのもとへと戻り、
咥えたイチジクを、Tさんの手に預けた。
Tさんは、無言でそれを受け取ると、
すかさず、二個目のイチジクを、先程と同じように宙に放る。
私は、もう一度犬になる。

私が二往復して持ち帰った浣腸容器を手に、
Tさんが、楽しそうに、新たな命令を下した。

「なあ...言ってみろよ。
"スカトロ変態女のケツの穴に、イチジク浣腸をブチ込んで下さい"って」

私はもう、先程のように、戸惑ったり俯いたりはしなかった。
それどころか、
「言え」と手本を示された、露骨で下卑た言葉を、
Tさんの目を見てうっとりと復唱し、
浣腸を懇願した。

浣腸液を注入し終えた尻を、布団叩きで叩かれる。
やがてTさんは、私を、トイレへと促した。
Tさんは、便座に座る私の正面にしゃがむと、
私の膣に指を挿入して言った。
「このまま、出せよ」
意外な成り行きだった。
膣に指を挿入されたままの排泄という初めての行為に、
私は、一瞬、たじろいだが、
次の瞬間には、こう口走っていた。

「ご主人様...スカトロ変態女の、うんこを見てください」


--------------------
(from T to judie)
「おまえは、自分が、ウンコをひり出す度に、
吐息を漏らしていたのを自覚していたか。

オマンコを指で掻き回されながらしたウンコは、
そんなに気持ちが良かったか。

オマンコの中の指は、
おまえの直腸を通過するウンコの塊を感じていた。

直腸の蠕動運動とオマンコのうねり。
それぞれが独立した生き物の様に、
喜びながらうごめいていた。

おまえが、俺の顔を見つめながら、
「ああっ、気持ち良い...」
そう呟いてウンコをした時、
おまえのオマンコは、俺の指を強く締め付けた。

俺の指をオマンコに突っ込まれ、ウンコをひり出しながら、
おまえのオマンコは潮を吹いた。

それが、おまえの身体だ」
[ 2013/08/25 ] 調教の日のこと

猿轡

壁に手をついて、後ろに突き出した尻を布団叩きで打たれる。
私の両方の乳首はクリップで潰されており、
胸元には、二つのクリップを繋いだ鎖が、U字を描いて垂れていた。
布団叩きで一打ちされるたびに、私は大きな悲鳴を上げる。
悲鳴を上げながら、痛みをどうにか紛らわそうと、
小刻みに身体を揺らし、足を踏み鳴らすと、
胸元の鎖も、ジャラジャラと音を立てた。
このときの私の、まるで踊っているような滑稽な動きを、
Tさんは、いたくお気に召したらしく、
"布団叩き尻振り踊り"などという名前まで付けて、
「もっと、もっと、踊らせてやるよ」と、実に楽しそうだ。

さて...
布団叩きで幾つくらい打たれた時だっただろうか。
私は、Tさんから、ズロースを手渡される。
その際、Tさんは、一切言葉を発しなかったけれど、
私にはすぐにわかった。
「これを自分で口に押し込んで猿轡にしろ」
そう言われているのだと。
実はこの日、家を出る時から、私は、このズロースを身に着けていた。
Tさんに命じられたわけではなく、
もし必要な時がきたら、それを猿轡に使ってもらおうと、
自ら勝手に判断して着用したものだった。

ズロースの猿轡については、一度、過去の記事の中で触れたことがある。
あのとき、Tさんが、私の口に押し込んだズロースは、
猿轡の用途に、純粋に適っていたのみならず、
それが、買ったばかりのまっさらな品であったり、
洗濯をして清潔を保たれているものではなく、
私の体を包んでいた痕跡を生々しく残した、脱ぎたての下着であったことで、
猿轡をされているというシチュエーションを、より一層惨めなものにした。
そして、私は、この、惨めさこそが、
私にとっての、甘美な媚薬のような役割を果たすのだと思い知らされた。

今回、Tさんと逢う日に、私が、自らの判断でズロースを着用したのには、
以前の、そのような体験が基となっている。
折しも、その日はうだるような真夏日。
私の臀部と下腹部をすっぽりと包んだ、分厚い木綿生地のズロースは、
自宅で着用してから、ホテルでそれを脱ぐまでのあいだに、
汗ばんだ私の身体から出たさまざまな体液やら匂いやらを含んで、
いい感じにくたびれていた。
そう...
ズロースの猿轡は、くたびれているほど、汚れているほど、好ましい。

ホテルの部屋で、全裸になり、首輪だけの姿になる。
いつもならば、脱いだ衣服をひとまとめにして、
下着は見えないようにしておくのだけれど、
その日、私は、脱いだズロースを小さく畳んで、
道具類が置かれた脇に、そっと並べておいた。
帰りに身に着ける下着は、別に持参していたので、
脱いだズロースは、もうここから、猿轡の役目だけを果たせばよかった。

鞭打ちの途中で手渡されたズロースを、己の口に押し込みながら、
私は、この日自分がズロースを着用してきた意図が、Tさんに正しく伝わったこと、
そして、それを、Tさんにきちんと汲み取ってもらえたことに、満足していた。
同時に、私は確信するのだった。
この日、この時から、
ズロースの猿轡が、Tさんと私の定番のアイテムに加わったのだということを。


ズロース
ズロース
[ 2013/08/04 ] 調教の日のこと

ハミング

以前、一度だけ体験して、「病みつき」という記事にも書いた、
イラマチオと、鼻からの水責めの素敵な組み合わせ、
Tさんと私の間で、「水責めイラマチオ」と呼んでいるこの行為に、
その後も、私はずっと焦がれ続けていた。
先日になって、Tさんに、思い切ってその事を伝えると、
「水責めイラマチオが恋しいのか。
嬉しい限りだ。
次回はエネマシリンジを持参すれば良い」
という返事が返ってきた。
ふたたび、あの素敵な世界に入ってゆけるのだ。
私は、その日を心待ちにした。

その日、Tさんは、私を後ろ手に縛ると、
部屋の中程にある柱の前に、二つ折りにしたバスタオルを敷いた。
命じられるままに、柱を背にし、バスタオルの上に胡坐を組んで座ると、
Tさんは、私を、そのまま柱に縛り付けてゆく。
縄を掛けられながら、
私は、Tさんが、幽かな声でハミングしていることに気付いた。
もしかして、このハミングは無意識?
私にそう思わせるくらい、それは密やかで、構えの無い音楽だった。
私が是非にと乞うた責めを前にして、
Tさんも、心を浮き立たせてくれている。
そう。無邪気に歌ってしまうほどに。
私には、そのことが微笑ましくもあり、うれしくもあった。

さて、前回は、
イラマチオが一旦中断されたところで、
初めて、エネマシリンジが登場するという流れだったが、
今回、Tさんは、まず最初にエネマシリンジを取り出して、
私の両方の鼻に、勢いよく水を通した。
鼻と口から、盛大に、水やら洟やら唾液やらを垂らし、
いきなりドロドロの顔になって咽せている私を、Tさんが嗤う。
「ひどい顔になっちゃったねぇ」

その後は、前回同様、イラマチオと水責めが交互に繰り返されたのだが、
今回の責めは、より一層荒々しいものを孕んでいた。
私への労りや優しさなどといった不要なものを、
全て取っ払ったストレートさが、そこにはあったように思う。
容赦のないTさんの前で、一瞬、怯みそうになっている自分が居たりもしたが、
それでも、私は、Tさんから施されたこの日の仕打ちに、
胸のすくような思いを抑えることができなかった。
責めを終えたTさんが、私の顔を見て言ったひとことが印象に残る。

「こんなにグチャグチャの顔なのに、目がキラキラしているよ」


enemasyringe
エネマシリンジ
[ 2013/07/19 ] 調教の日のこと

Mission complete

「針を刺してほしい部位を、一箇所だけ願い出ろ。
おまえの望む部位だ。
いつも想像しているんだろ。
そこを貫かれたいと...」

Tさんのこの言葉を聞いた時、私は、
「あぁ、Tさんは、私の望みを、たぶん知っているのだろうな」と思った。
私の答えを聞くまでもなく、
私が望んでいる部位がどこなのか、彼にはわかっているのだろう、と。

乳首への針は、Tさんの手で刺してもらったことがある。
小陰唇への針は、自らの手で体験済みだ。
Tさんから、次に針を施してもらうとすれば、未開のクリトリスフッドに。
私はずっと、そう願っていた。
だから、今回、Tさんから、
「針を刺してほしい部位を、一箇所だけ願い出ろ」と言われたとき、
私は、迷うことなく、「クリトリスフッドです」と答えた。
そして、この答えは、
たぶん、Tさんが予想していたものと違わなかったのではないか、
と私は考えている。

ソファの上で、脚をM字に開いて待っている私の目の前で、
Tさんが、黙々と針刺しの準備をする。
注射針のパッケージが破られる音を聞いて、
私は、期待に、大きく胸を膨らませた。
Tさんは、淡々と、けれども慎重にクリトリス包皮を摘んで、
針を刺す場所と向きを定めようとしている。
私がずっと焦がれていた光景は、
もう、すぐそこに繰り広げられようとしていた。
やがてTさんは、私に、
「刺すぞ」と一言、静かに声をかけると、
此処と決めた一点に針を突き刺した。
ゆっくりと皮膚を突き破って進む針の動きにかぶさるように、
私の悲鳴が尾を曳いてゆく。

異なる方向から一度ずつ、合わせて二度の針刺しを行った後、
Tさんは、クリトリスフッドから針を抜き取ると
しばらく押さえておくようにと、私に清浄綿を手渡してくれた。
針刺しを受けた姿勢のまま、清浄綿で局部を押さえ、
止血をしながら余韻に浸っていると、
Tさんが、笑いをこらえるような声で、ぽつりと言った。

「満面の笑みだな」

はっとTさんを見遣ると、
彼は、いかにも愉快そうな表情で、
もう一度、そして今度ははっきりと、私にこう告げた。

「ほんとに、満面の笑みだな」

それから、彼は、
「Mission completeの笑顔だ」
と言い添えた。

Mission completeの笑顔...
そうか。
是非にと所望した、クリトリスフッドへの針刺しを施されて、
私は今、それほどまでに晴れ晴れと、うれしそうな顔をしているのか。
わかり易いヤツ。
そんなことを思っていると、
沸々と可笑しさが込み上げてくる。
それから、私の心の中は、
満ち足りた気持ちでいっぱいになった。


--------------------
(from T to judie)
「ジュディの顔を、毎回、記憶している。
泣き叫ぶ顔や、菩薩の表情...
そして今日は、"ミッション・コンプリートの笑顔"だった。
これに勝る顔は無いよね。

今日は、色々な意味で、楽しかった。

ジュディは、こんな顔もするんだ...
新しい発見だったよ」
[ 2013/07/07 ] 調教の日のこと

伝える

かつて、Tさんと私は、二人の関係の一切を解消したことがあった。
私がTさんの調教を受けるようになってまだ間もない頃のことだ。
ある事情があって、私の方から別れを告げた。

自ら、すっぱりと関係を断ったものの、
私は、Tさんを失くしてみて初めて、
自分がM女として、哀しいほど中途半端であることを思い知る。
あんなに焦がれていたTさんの鞭も、一度も受けないままでの、
思いもよらない別れだったので、
当時、SMの初心者だった私は、ただただ宙ぶらりんであり、
SMの世界に一人放り出されたような心許なさと、
SMをもっと知りたい、という飢餓感とに苛まれた。
新しい主を探そう。
一時は、本気でそう考えていた。
けれども、幸いなことに、
のちに私は、Tさんを、ふたたび主と仰ぐことになる。
以来、共に歩み続けて、ここまで辿り着いた。

今、私は、心に強く思っている。
私の主は、後にも先にも、Tさんただ一人であると。
この先、何らかの事情で、ふたたびTさんと逢えなくなる時が来ようと、
そして、たとえそれが、今、この瞬間であろうとも、
私はあの頃のように、新しい主を探そうなどとは決して思わないだろう。
いつか、Tさんとの関係が終わるとき、
私は、それを潮時に、SMの世界から身を退こうと心に決めてもいる。
「何故?」と問われても、
「私の心がそう言うから」としか答えられない。

今から数か月ほど前、Tさんの病気療養中には、
私たちの間で、いつもに増して、濃い内容のメールが行き交った。
Tさんの病気が、進行してゆくのか、あるいは、落ち着いてくれるのか、
先がまったく見えない状況の時だったからこそ、
普段は話せないような踏み込んだ内容も、すんなりと話題にすることができた。
先ほど書いたような私の思いをTさんに伝えたのも、ちょうどその頃のことだ。
Tさんは私に、次のような言葉を返してくれた。

「ジュディの覚悟は受け取らせてもらいました。
互いの求めるものの完成形が、どこまで到達するのか。
辿り着く前に、どちらかが壊れるかも知れない。
しかし、そこまでの過程が喜びに満ちていれば、
そんな終わり方にも納得がいくのだと思う。
ジュディにとって、最後の主が僕であることが良かったのか否かは、
お互いが死ぬときまで判らないのかも知れない。
その答えは、僕たちが過ごした時間で決まるのだろう。
僕は、これからも、おまえの身体と精神に、奴隷の証を刻み込む。
ひとつずつ、ひとつずつ...
それは、小さな痕跡かも知れないが、
そのひとつひとつが、2人が生きた証に成るはずだ」と。

この世に、SMのペアはあまた存在するが、
どんなペアにも、別れの時は例外なく訪れる。
互いの心が離れて、その関係が解消されることもあるだろう。
体調や環境が許さずに、逢えなくなることもあり得るだろう。
死別という絶対的な別れもある。
明日、いいえ、こうしている次の瞬間でさえ、
自分たちがどうなるかなど、誰にもわからない。
だからこそ、「今日」という日、「今」という瞬間を、
二人が、どんな気持ちで過ごせるかが大切なのだ。
Tさんが言うように、
二人の間に、喜びに満ちた過程の積み重ねが続いていれば、
たとえ、次の瞬間に終わりが訪れても、
その終わりを、心穏やかに受け容れることができるのかもしれない。

Tさんを、私の最後の主と決めていることを宣言してからというもの、
私は、ずっと、安堵に似た気持ちを抱いている。
Tさんに伝えておきたかったことの一つを、きちんと伝えることができて、
いま、私の心はかろやかだ。
[ 2013/06/20 ] T&judie

サンクチュアリ

Tさんと私がSMをする時に、決まって利用するホテルがある。
都心から少し離れた、まだ、素朴で大らかな風景が残っているエリアに、
それは建っている。
以前、私は、ある桜の木に関する記事を書いたことがあったが、
その木が立っている場所でもある。

先日、所用で遠出をした日、
目的地へ向かう電車に乗って、ぼんやりと外に目を遣っていると、
私の視界に、見覚えのある景色が飛び込んできた。
「あ、ここは...」
身を乗り出すようにして窓の外を見ると、
いつもTさんと行くホテルの建物が、そう遠くない距離に見えている。
その日は、Tさんに逢いにゆく日とは異なる電車を利用していたので、
私は、自分の乗った電車がホテルの近くを通ることを失念していたのだ。

車窓を流れる景色を見ていて、
図らずも、Tさんとの思い出の場所に行き合ったうれしさ。
親しみや、懐かしさのようなものも込み上げてくる。
私は、思わず、心の中でTさんに語りかけていた。
「Tさん。いま、あのホテルが見えていますよ」 と。

この出来事と、そのとき私の中に湧いてきた感慨を、
のちにTさんに伝えると、
Tさんから、
「あのホテルは、僕達のサンクチュアリだね」
という言葉が返ってきた。
あのホテルが、私たちのサンクチュアリ...
なんて素敵なイメージだろう。

サンクチュアリ(sanctuary) が、
<聖域>や<鳥獣保護区>といった意味を持つことはよく知られている。
昔は、法が及ばなかった中世の教会などがそうであったように、
犯罪者や亡命者が駆け込む<逃げ込み場所>、
あるいは、安息のための<避難所>などを表す言葉でもあったらしい。
Tさんと二人で、
外の光も、外の音も届かない、ラブホテルの一室に籠っていると、
私は、自分たちが、
この世界の何物からも隔絶された場所に居るのではないか、
と錯覚しそうになることがある。
表の世界からいっとき切り離された、二人きりの世界。
他の誰にも侵されない、二人だけの場所。
まさに、
Tさんと私のサンクチュアリだ。
[ 2013/06/07 ] 未分類

ズロース

奴隷の挨拶を終えて、平伏の姿勢を解くや否や、
私は、ベッドの端に腰掛けたTさんの前に立たされた。
この時、私が身に着けていたのは、
一つ前の、「買い物」という記事に書いたズロースのみ。
これでもかというほど、野暮ったい下着である。
Tさんの目の前で、そのズロース姿を披露する。
私は、もうそれだけで、消え入るほどの恥ずかしさを覚えていたが、
Tさんは私に、正面、後ろ、と向きを変えさせては、無遠慮に眺めた挙句、
私の羞恥心に追い打ちをかけるような言葉を浴びせた。

「おばちゃん体型に、おばちゃんパンツ!
よく似合うなぁ。そそられるよ」

命じられ、床に四つん這いになる。
「もっと下げろ」
Tさんは、そう言うなり、私の後頭部を踏みつけた。
「豚を調教しているみたいで、いいなぁ、これ」
「ほらっ、豚みたいに、ブーブーって啼いてみろよ」
Tさんが私を嗤う。
私に、ズロースを準備するよう言い渡した時から、
Tさんは、私をこうして汚し、辱め、貶める心積もりだったのだろう。
ズロースは、そのための小道具だったのだ。

床の上で、四つん這い、仰向けと、体勢を変えさせられながら、
私は、頭を踏まれ、顔を踏まれ、
乗馬鞭で、尻を、局部を、乳房を、腋の下を、内股を、打たれた。
乳首を狙って打たれた時には、
恐怖と痛さに、思わず大声をあげてしまい、
それを咎められて、頬を数発張られた。
仰向けの私の、顔の上に、Tさんの足が載せられる。
不特定多数の人が使うラブホの床の上を、素足で触れた足だ。
私は、その事実を、一瞬意識したが、
次の瞬間には、そんなことはどうでもよくなっていた。
私は、自分の口元にあるTさんの足に頬ずりをし、
その足の裏を舐め、足指を口に含んだ。

ベッドに上がるように促されて、
私は、ようやく、
その日自分が散々這いつくばり、のた打ち回った床から身を起こした。
命じられるままに、ズロースを脱ぐ。
脱ぎたての、生温かいズロースが、私の口の中に押し込まれた。
Tさんは、先ほどまでの乗馬鞭を、今度は籐の布団叩きに持ち替え、
私の尻たぶを、淡々と打った。
痛さに、私がどれほど大きな悲鳴をあげようとも、
その悲鳴は、猿轡にことごとく吸収されて、くぐもってゆく。
「これは、静かでいいな」
ズロースの猿轡の効果を、Tさんは、満足げに呟いた。


--------------------
今回、布団叩きは、
私の尻たぶに、素敵な痕を残してくれた。
時時刻刻と様相を変えるその痕を撮影して、Tさんに報告する。
Tさんからは、次のような感想が届いた。

「写真を、ありがとう。
綺麗だ。
思わず、微笑んでしまう。
やはり、明らかな内出血を示すまで叩く必要があるね。
ミミズ腫れ程度では、おまえの尻には足りない。
これから先、もっと、もっと、様々な経時変化を見せて欲しい。

今回は、乗馬鞭と布団叩きだったが、
まだまだ、無慈悲な鞭は在る。
楽しみだろ」
[ 2013/05/29 ] 調教の日のこと

買い物

調教の日が近づくと、
Tさんから、当日の服装や持ち物などについてのさまざまな指示があることを、
以前、「賛辞」という記事の中で書いたが、
先日は、
「次回はおばちゃんパンツを穿いて来い」
という新たな指示が、私のもとに届けられた。

Tさんの言う<おばちゃんパンツ>とは、
私たちが子供の頃に、おばあちゃんたちが穿いていたような、
いわゆる、ズロースと呼ばれるものだ。
ズロースは、いま、大型スーパーに行けば手に入る。
ネット通販で買うこともできる。
けれども、今回、私は、
東京の、下町の風情が残るエリアから、ある街を選び、
そこで、ズロースを売っていそうな商店を探して歩いた。
Tさんからわざわざ指定されたアイテムだ。
楽に手に入れるよりも、手間ひまをかけて手に入れたかった、
というのがその理由である。
私には全く馴染みの無い街を買い物の場所に選んだこともあり、
目的のお店に行き合うのは容易ではなかったが、
それでも、ちゃんと、思うような物が手に入ったのは幸いだったと思う。

帰宅してすぐに、パッケージからズロースを出してみる。
目の前に広げたズロースは、Mサイズであるにもかかわらず、
大きい、というよりも、巨大な、と形容したくなるほどの、
圧倒的な存在感を放っていた。
おへその上、もっと言えば、胸の下辺りまでをも、
たっぷりと包めそうなほどの大きさがある。
そしてこれが、おそろしくダサい。
いまどき、お年を召した方でも、皆さんおしゃれなので、
ここまで古臭いデザインの下着を着用する人はそう多くは無いだろう。

Tさんの前に、己の、不恰好なズロース姿を晒した時、
Tさんから、どのような言葉を浴びせられ、
どのような仕打ちを受けるのだろう?
私は、白い木綿の、巨大な下着を広げ持ったまま、
それを身に着けてTさんの前に立つ自分を想像する。


ズロース
[ 2013/05/25 ] 未分類

失禁

ベッドの端に腰かけ、
バスローブの前を開いたTさんが、
私に、「しゃぶれ」とひとこと命令を下した。
全裸に首輪を着けただけの私は、
Tさんの足元に跪くと、四つん這いになって、目の前のペニスを咥えた。
私は、ゆっくりと頭を上下させながら、
徐々に昂ぶってくる気持ちに身を委ねる。

どこか、のどかささえ漂う、穏やかなフェラチオの風景が一変したのは、
Tさんが、私の頭を押さえ付け始めた時だった。
ペニスが、私の喉の壁を擦りながらじりじりと侵入してくる。
押し寄せる吐き気に、私は、幾度も背中を波打たせた。
跪いている私の足の片方が、時折、ぴんと後ろへ突っ張る。
あるいは、両膝が、床を踏みならすように動いた。
私は、まるで自分が、苦しみもがく四つ足の動物になったような気がした。
苦しさに耐えきれず、Tさんの股間から口を離しても、
またすぐに、ペニスは私の口に押し込まれ、
同じことが繰り返される。
私の足の間からは、いつしか尿が漏れていた。

「おしっこ...漏らしました...」

粗相を恥じ入り、小さな声でそう申告する私を、
Tさんが、くつくつと喉を鳴らして笑う。
彼の、密やかな、けれども抑えきれないといった笑い声を耳にしたとき、
私の中の何かが弾けた。
私の身体が、自然に動く。
次の瞬間、私は、フローリングの床にひれ伏し、
自らの尿でできた小さな水溜りに口づけていた。

「なかなかメス犬らしい格好だな」

這いつくばる私の上に、
Tさんの、静かな声が降ってきた。


--------------------
(from T to judie)
「女の失禁は好きだ。
恐怖で漏らすのも良い。
逝きながら漏らすのも良い。
痛みで漏らすのも良い。
苦しくて漏らすのも良い。
追い込まれた女が小便を漏らすを見るのは、
楽しいものだ」
[ 2013/05/19 ] 調教の日のこと

楽しむ

(from T to judie)
「今度、浣腸を使う時には、
写真を撮ったり、動画を撮ったりの無理はしないで、
純粋に、押し迫る排泄感を楽しむと良いよ。
浣腸・排泄の行為を、楽しく、心地良い、そして、快感と感じる、
そんな変態女に成れば良い」
--------------------

Tさんのメールに書かれていた、
浣腸・排泄行為をただ楽しめ、という言葉を読んだ時、
私は、すぐに、
冷蔵庫に残っていたゼリータイプの経口補水液を思い浮かべた。
「あのゼリーを浣腸液の代わりにしてみようか...」と。
グリセリン浣腸液による差し迫るような便意ではなく、
もっと緩やかな便意の中で、排便までの時間を楽しんでみよう、
と思ったのだ。

冷蔵庫から補水ゼリーを取り出す。
四つん這いになって、パウチの口を肛門に差し込み、
容器を握りつぶして中身を注入し終えると、
私は、パンツタイプの紙おむつを穿いて、PCの前に座った。
以前TさんにURLを教えてもらった、海外のアダルトサイトを開く。
そこに繰り広げられているのは、
ありとあらゆる変態行為や、過激な性行為の数々...。
私は、それらを、ゆっくりと閲覧した。

アダルトサイトを堪能すると、私は、PCの前を離れ、
おむつを着けたままソファに横になり、そこで、電マを使って自慰をした。
自慰で逝ったあとは、トイレへ移動し、
おむつを下ろして便座に座る。
そして私は、自分に注がれるTさんの視線を意識しながら、
「ご主人様、私の排便を見てください」
喘ぐような声でそう言って、一気に排便した。

Tさんに、この日の報告をすると、
「おまえ...
自分のしている行為が、
日常のなかではどれだけ変態行為か認識できていないだろ。
おまえにとって、一度経験したハードルは、もはや高い壁では無くなる。
今まで通過して来たハードルを思い出してみろよ。
ウンコを身体に塗りたくり、
ウンコで顔に化粧しながらオナニーする女...
自らの小陰唇に針を突き刺し、
流血しながらも快感を感じる女...
全身に鞭の嵐を浴び、硬質鞭で尻を叩かれて、
カラフルな内出血の腫れをうっとりと楽しむ女...
それらも、経験してしまえば、おまえにはもうハードルでは無い。
今回の行為も、もはや、おまえにしてみれば、
他愛無い手軽な行為、ライトオナニーの感覚だろ?」
という言葉が返ってきた。

ライトオナニー...
「あぁ、確かにそうだ」と思った。
私は、Tさんに指摘されて初めて、
自分が、先日の、浣腸から排泄までの一連の行為を、
ごくごく軽いノリで行ったことに思い至る。
あのとき、私は、自分がやっている変態行為に、
後ろめたさや恥ずかしさなど微塵も感じることがなかった。
それどころか、
「この程度のことでいいのかしら」
と、物足りなささえ覚えていた。
私のそういう感覚を、Tさんはきっちりと察知し、
それを、ライトオナニーという言葉で言い当てたのだろう。

補水ゼリーを注入した尻を紙おむつで包んで、アダルトサイトを見る女。
そうして昂った気持ちを、おむつ姿のまま、オナニーで鎮め、
そのあとで、うっとりと排泄の快感に酔う女。
楽しい...
気持ちいい...
そんな女である自分を、私は好ましく思う。
なぜならばTさんは、
そういう女こそを、私に望んでいるのだから。
[ 2013/04/27 ] ひとりの行為

ぬくもり

療養生活を終えたばかりのTさんが、
まだ、体調が万全ではない中、
私のために時間を作ってくださった。
Tさんと最後に逢ったときから、この日まで、
正直、SMの感覚を忘れてしまいそうなほど永い時間が経っていたので、
久々の逢瀬が、いったいどんなひとときになるのか、
私は少し心配し、また、緊張もしていたが、
本当にしあわせな時間を与えていただいて、
Tさんには心から感謝している。

この日、ホテルの部屋に入ると、
Tさんは私を、背中からふんわりと抱き、
私の髪に顔を埋めるようにして言った。

「やっと逢えた...うれしいよ」

それから、Tさんは、
くるりと私を回し、自分の正面に向けると、
今度は私を強く抱きしめて、こう言った。

「生きてるよ」

しっかりと聞き取ったそのひと言を、
私は、Tさんの腕のたしかなぬくもりの中で、
ゆっくりと噛み締める。


--------------------
(from T to judie)
今日は、逢えて嬉しかった。
とにかく、嬉しかった。

生きている実感。
それを、改めて知ることが出来た。

ジュディには、大げさに聞こえるかも知れないけれど、
「生きている」
そう、感じたんだよ。

そして、自分には、SMが必要なんだと思い知らされた。

SMの中で、「生きている」...

今も、
そして、これからも。

おまえと、2人だ。
[ 2013/04/13 ] 調教の日のこと

春が来た

(from T to judie)
「ジュディには、昨年・今年と、心配を掛けてしまい申し訳ない。
でも、なんとか身体も落ち着いたので、大丈夫です。
幾度かは、どこかで挫けてしまいそうな自分が居たけど、
ジュディの存在は、常に、自分の励みに成って居ました。
今、こうしてまた日常生活に戻れるのも、
ジュディが居てくれたからだよ。
ありがとう」
--------------------

Tさんの療養が明けたというお知らせが届いた。
知らせを受けたとき、私の胸にこみ上げたものは、
うれしさというよりも、深い安堵感だった。
「Tさんを返して下さってありがとうございます」
私は、思わず、心の中でそう言って、神様に感謝した。

今回、Tさんから、
もったいないような言葉をかけていただいたが、
私は、Tさんの病を目の前にしても、
実際には、何をしてあげることもできない。
私にできることがあるとすれば、
Tさんの体調の快復と、彼の心の安寧を祈っていること、
そして、療養中のTさんの心を乱したり負担をかけたりすることのないよう、
穏やかな気持ちで、自分自身の日常を生きることだけだ。

今回Tさんから届いた、うれしい知らせは、
私の心に、ほんとうの意味で、春を運んできてくれた。
暗く、長かった冬も、これでようやく終わりを告げたような気がしている。
[ 2013/04/04 ] T&judie

負を受け容れる

このところのブログ記事の中で何度か触れているように、
Tさんは、現在、病気療養中である。
私たち二人のあいだで、長く逢えない日々が続いていることは、
ブログを読んでくださっている方々にはお察しいただいているものと思う。

さて、ここは、
普段でも、月に一度か二度ほどしか更新されないブログであるが、
Tさんの療養が長引くにつれて、
ブログコンセプトであるSMからは遠ざかり、
その数少ない更新でさえも、果たして続けていけるのかどうか、
私には自信が無くなってきた。
いっそのこと、ブログ休止を宣言して、
しばらくの間、いっさいの更新を止めてみようか、と考えたりもしたが、
たとえ、Tさんとの間にリアルなSM行為は無くても、
二人が思っていることや、二人のありのままを記すことはできるはず。
今は、そんなふうに思い直している。
病気療養中のTさんと、彼の快復を待つ私。
そんな状況下だからこそ、
見えるもの、感じられるものがあったりすることも事実だからだ。

私たちは、一昨年にも、
Tさんの病気療養という、今と似たような状況に置かれたことがあったが、
彼が病を経て、再び、リアルなSMの世界に戻ってきてからというもの、
私たち二人のSMは明らかに変わったと思う。
SM行為の激しさの度合いとか、行為の内容とか、
そういうことではなく、
あくまでも、二人の精神の部分において、である。
言ってみれば、
二人の間に生じる「気」が、ぐんと濃密になったような感じだろうか。

目に見えない、魂のレベルでの、そのような変化を実感して以来、
私は、病気、老いなど、人間が忌み嫌うものについても、
負け惜しみに聞こえるかもしれないが、
「決して悪いものとは限らないのではないか」と思うようになった。
だから、今回のTさんの療養についても、
私は、さほど動揺することも無く、
前向きな気持ちを保ち続けていられるのだろうし、
Tさんが、やがて再びリアルなSMの世界に戻って来た時、
私たちはまた一歩、二人が求めているSMの深淵に近づけるのではないかと、
期待のようなものさえ抱いている。

私は、願っていようと思う。
病気、老いというような、人間にとってのいわゆる負の部分をも、
あっけらかんと受け容れられるだけの度量を身につけられますように。
そして、
今、私たち二人が置かれているような試練の時にあっても、
「これもTさんと私の在りようなのだ」と思える境地に、
いつの日か辿り着けますように、と。
[ 2013/03/09 ] 未分類

春を迎える

「今日の天気が良かったのか悪かったのか、
朝から、カーテンを開ける事も無く、
一日中、横に成って居たので判らない。
薬の飲み合わせだろうか、
睡魔と言うよりも、意識が薄れる感が強い」

これは、療養中のTさんから先日届いたメールの冒頭の部分だ。
送信されている時刻を見ると、19時過ぎとなっていた。
一日の大半を、前出のような状態で過ごした日の夜、
Tさんは、ようやく覚醒した頭と身体を起こして、
私へのメールを打ってくださったものと思われる。
このメールを読んだ時、私は、
もしかしたらTさんは、無理をして私に返信をしてくださったのではないだろうか、
と心配になってしまった。

私たちが交わすメールについては、
二人がメールの交換を始めたばかりの頃に、
「メールはお互いに、時間、環境、そして書きたい気分が整った時だけにしましょう」
と、私の方から、大まかな約束事のようなものを提案させていただいている。
メールは、それを書く時間と環境、そして、書きたい気分がある時にだけ。
たとえ時間と環境が整っていても、メールを打つ気分でない時には、
構わずスルーして欲しい。
これは、無理なくメールの交流を続けるために、私自身が強く望んだことであり、
これまで私たち二人が、心地よく、素敵なメール交換を続けて来られたのも、
お互いに、無理のないような交流を心掛けたからに他ならないと思っている。

ただ、二人のメール交換にそのような約束事があるとは言え、
その日はずっと、意識が薄れるような中で臥せっていた、
という人からメールが届いたのだ。
うれしさよりも、まずその人の体調への心配が先に立つのは当然だろう。
心配な気持ちを抱きつつ、けれども、私は、すぐにこう思い直した。
私たちには、あの約束事がある。
だから、Tさんは決して無理をしてメールを送ってくださったのではないのだろうと。
そう思うことで、ようやく私の心配は鎮まり、
Tさんが、体調の不安定なさ中にも、律儀にメールを書いてくださることに対して、
素直にありがたいと思う気持ちが溢れてきた。

昨年末からTさんの療養が続いていて、
私たちは、長いこと、お互いの顔を見ることさえ叶わない環境にあるが、
日々、濃密なメールを交わしていると、
二人の歩みは今も止まることなく続いているのだ、と感じずにはいられない。
そして私は、たとえTさんに逢えない日にあっても、
Tさんが私に語りかけてくださるメールの言葉を通じて、
自分の傍らにTさんの心をありありと感じられる喜びを与えてもらえることに、
心からの感謝をささげたいと思う。

「もう梅の花の開花が進んでいるのだろうね」
と、戸外の様子へ思いを馳せるTさんへのメールに、
先日出かけた都内某所の梅の花の写真を添付する。
立春が過ぎてもなお、例年にないほどの寒さが続いていたが、
それでも梅の花は、時期が来るとちゃんと花を咲かせた。
その、凛として清潔感のある佇まいは生命力にあふれ、
観る者の心に、たくさんの元気と励ましを与えてくれるようだ。
光に満ちた春は、
Tさんのもとにも、きっと佳きものを運んで来てくれるはず。
私は、そんな希望を胸に抱いて、この春を迎える。


白梅
[ 2013/02/27 ] T&judie

刺す

(from T to judie)
「おまえが、今度はどんな変態写真を撮るのか。
いつも想像することは止めている。
届いた時の喜びを取っておきたいから」
--------------------

私がTさんに送る画像を、
Tさんはそんな思いで待っていてくださるのだと知ってから、
私は、自分で自分の変態写真を撮るという行為が、
二人の間のたいせつなメッセージであるということを、
より強く意識するようになっている。

その日、私は、
療養中のTさんのせめてもの慰みになればと、
彼に送る画像の事を考えていた。
「今度はどんな写真にしよう?」
「できれば、初めてのことをやってみようか」
あれこれと思いを巡らした末に、私が選んだのは注射針。
乳首への針は、以前Tさんの手で刺してもらったことがあったので、
今回、自分で針を刺す場所に、小陰唇を選んだ。
小陰唇に針を刺し、その状態のまま膣にバイブを突き立てて、
オナニーをする動画を送るというのはどうだろう?
Tさんに送る画像の構図までが思い浮かび、
私は、わくわくとした気持ちで、道具の準備に取り掛かった。

M字開脚の姿勢でソファに座る。
小陰唇と針、それぞれに化膿止めの軟膏を塗ると、
私は、カメラを動画モードにセットした。
そして、左手で小陰唇を引っ張り、右手に注射針を構えると、
恐怖心を振り切りながら、針を小陰唇に近づけてゆく。

針先が、プツリと皮膚を破った瞬間、
私は、ひとつ大きな悲鳴をあげた。
痛さよりも、怖さからの悲鳴だったと思う。
それから私は、息を整えると、そのまま小陰唇に針を刺し通した。
鋭い痛みは、針先が最初に皮膚を破った直後に消えていたが、
収まらない興奮が、私の身体を細かく震わせていた。
ここで私は、膣に、ゆっくりとバイブを挿入する。
小陰唇に針を刺したままでのバイブオナニー。
初めての行為に、
私は、自分の気持ちがひどく高揚するのを感じていた。

この日私が撮った、動画を含むいくつかの画像を見て、
一つだけ気付いたことがある。
最初の画像と、最後の画像とでは、
そこに写っているクリトリスの大きさが全く違っているのだ。
はじめは目立たず、ひっそりと存在しているクリトリスが、
変態行為の後には、艶やかに張りを持ち、
ぷっくりと膨らんで、誇しらしげに自らを主張していた。
自分の身体の秘めやかな場所に生じる、こんなにも健気で正直な変化。
そんなささやかな現象でさえ、
私には、微笑ましく、とてもいとおしいものとして映っている。
[ 2013/02/16 ] ひとりの行為

賛辞

調教の日が近づくと、Tさんから、
当日の服装、持参する道具、出かける前の排便をどうするか、
などについての指示が与えられる。

たとえば、

「服装に自由度があれば、ワンピースでノーパン・ノーブラ。
駅のトイレで脱いでも構わない。
車に乗る時に、着けて居なければ良い。
車に乗って挨拶をしたら、ワンピースの裾をめくり、
"オマンコをいじめて下さい"と言え。
車の中で、オナニーを始めろ。
奴隷のスイッチは、ホテルの部屋では無く、
車の中から入れろ」

ある時には、

「無地の安物のパンツ。
白かピンク・水色...薄い色だ。
量販店のワゴンセールみたいな安物を穿いて来い。
ブラも同じだ。
道具は、縄・電マ・浣腸、
後は、おまえが使いたい物を持って来い。
腹にはウンコを溜めて来いよ」

またある時には、

「特別に道具は持たずに良いよ。
身体一つで、外出して下さい。
排泄は済ませて、
自然な朝を過ごしてから、外出して下さい」

こんなふうに、
その時々によって、出される指示はさまざまであるが、
調教の日に向けての指示を受け取ると、
その内容如何にかかわらず、
私の中で、わくわく感と恐怖感が綯い交ぜになったものが膨らみ始める。
間近になった調教を前に、身の引き締まるような緊張感でいっぱいになる。
と同時に、
Tさんが、私と過ごすひとときに向けてサディストの気分を高め、
あれもしよう、これもしようと思いを巡らす事を楽しんでくれている様子は、
私の中に、いつも、しずかな悦びを与えてくれる。

さて、
先日の調教が直前で流れたことは、この一つ前の記事に書いたが、
私は、約束の日の数日前に、既に次のような指示を受けていた。

「排便は済ませておくこと。
道具は、軽めで良い。
Tバックを穿いて来い」

もちろん、今回は、逢う約束が叶わなかったので、
私が、この指示を実行に移すことは無かったのだが、
逢う予定だった日の夜になって、Tさんからメールが届く。
そこには、こんなことが書かれていた。
「今日穿く予定だった、Tバック姿を見せて欲しい。
頭の中では、妄想・欲望が渦巻いている。
今日、したかった事や願望...。
きっと、Tバックの写真を見たら、
頭の中で、更にイメージが強まる」と。

Tバックを穿いてくるようにと言われた時から、
私は、その日はスカートを身に着けようと決めていた。
これまで、調教の日にワンピースやスカート姿で出かけると、
Tさんは、
パンティが見えるか見えないかの所までスカートの裾をめくるようにと、
たびたび私に命じた。
たぶん、それは、彼が萌えるシチュエーションの一つなのだろう。

今回、Tバックショーツの写真を撮るにあたり、
私はまず、スカートを途中までめくってシャッターを切り、
その後、スカートを脱いで、撮影を続けた。
この日私が選んだショーツは、黒の、透ける素材で、
クロッチ部分に、わざわざ割れ目が作ってあるデザインのもの。
私は、この、布の割れ目からクリトリスを引っ張り出し、露出させ、
その部分のアップも写真に収めた。
以前、私が、
ストッキングや、ビニールの縄跳びを、
股縄のように、きつく股間に食い込ませて、
クリトリスを絞り出した写真を撮った時に、
Tさんが、
「勃起して飛びだしたクリトリスの艶が、
なんとも厭らしくて良い感じだ。
今回の写真は、コレクションにしたいと思ったよ」
と、殊の外お気に入りだったことを思い出したからだ。

撮影を終え、ショーツを脱ぐと、
局部に触れていた部分が、しっとりと濡れている事に気付く。
私は、その小さな布の下着に顔を埋め、匂いを嗅ぎ、
果てには口に押し込んで、その写真も撮った。
この、最後の一枚だけは、
事前に、撮ろうと思っていたものではなく、
その場の衝動で撮ってしまった一枚だ。

Tさんに画像を添付したメールを送ると、まもなく返信が届いた。
件名に、「変態女」と書いてあるのを見て、
私は、思わず、くすっと笑ってしまう。
その件名だけで、
私は、Tさんが、今回の写真を愉しんでくれたことを知る。

「スケベな変態女...
おまえは本当に良い女だ。
俺の壺を捉えている。
なあ、こんなに厭らしい下着を、
おまえは何処で買うんだ。
こんな、プレイ用の下着を、
どんな顔して、レジで店員に渡すんだ?」

「スケベな変態女」
こんな蔑みの言葉も、
Tさんから投げられれば、
それは、私にとって、この上ない賛辞となる。
[ 2013/01/19 ] T&judie

新たな年に

Tさんが病を得たのは、一昨年、2011年の暮れのことだった。
年を跨いだ入退院があり、自宅療養があった。
この先、私たちはいったいどうなってしまうんだろう?
あの頃の私は、二人の行く末を案じ、不安の中で途方に暮れたものだ。
この辺りのことは、以前、「春を待つ」という記事に書いている。
その後、Tさんが、勇敢に病と向き合う姿勢を見せてくれたこと、
そして、SMや、私の存在を、
必要であり、「生きる活力」だと言ってくださったことで、
私も、TさんのSMパートナーとして共に歩き続ける勇気をいただいた。
一年のうちに、私たち二人が実際に逢える日数はほんの僅かであるが、
その在りようは、Tさんが病を経てからというもの、より濃密になったように思う。

2012年が明けて、春、夏、秋...と、Tさんは徐々に復調した。
そんなTさんの姿に触れるたびに、私は心から安堵し、
「どうかこのまま」と密かに願っていたのだけれど、
その年の暮れも近づいた頃、Tさんから、
彼の身に起きている新たな不調を知らされる。
この年末年始も、Tさんは病院と縁が切れなかったようだ。
そんななか、Tさんが、今週、逢おうと言ってくださる。
ただ、残念ながら、彼の体調が思うように整わず、
その予定は直前で流れてしまったが。

今回、Tさんが、逢いたいと言ってくださったことを、
私は大変うれしく受け止め、心躍らせもしたが、
時間が経つにつれて、私の中では、
そのうれしさよりも、彼の体調への心配の方が大きくなっていた。
加えて、先日の降雪で、いまだに各所で路面の凍結が残っている。
そんな中、車を運転して来なければならないTさんの負担やリスクを考えると、
今回の約束はキャンセルすべきではないか、と迷ってもいた。
そこへTさんから、延期してほしいとのメールが入り、
内心ほっとした、というのが正直なところだ。

「今年も、ジュディとの時間を重ねられる喜びを感じています」

今年最初のメールで、
Tさんは、私に、そんな言葉をかけてくださった。
私たちは、頻繁に逢える二人ではないが、
お互いの存在が、それぞれの心の支えであると自負している。
Tさんから年頭にいただいた、前出の言葉は、
二人だけに通じる思いとTさんのぬくもりに満ち、
心に沁み入るようなメッセージだった。

現在、Tさんの年齢は40代の後半に差し掛かっている。
私はといえば、もう50代の前半だ。
たとえ特別な病がなくても、
双方が、そろそろ、老いの兆しや体力の衰えを感じ始める年代である。
だからこそ、SMの世界で、
Tさんと共に時を重ねることができる日々がまだ此処に確かに在る、という現実を、
私は素直に慶びたい。
そして、そのような日々が、
今年も、無事に、そして心穏やかに続いてゆくことを祈りたいと思う。
[ 2013/01/16 ] T&judie

捧げもの

ベッドにうつぶせた状態から身を起こしかけた私の、左の乳首を、
次に、右の乳首を、
Tさんは、手にしていたクリップで無造作に挟んでゆく。
左、そして右と、順番に乳首を挟まれるごとに、
私は、一度ずつ、鋭い悲鳴をあげた。

「立て」
そうTさんに命じられて、私はベッドから起き上がろうとするが、
クリップの痛みで、それがままならない。
いつまでもぐずぐずと悶えていると、
早く立てよ、と急き立てられた。
私は、痛みを振り切るようにして身体を起こし、
Tさんの傍へと移動する。

座れと示された場所は、ベッド脇の床の上。
私は、此処へ来て、これから何が始まろうとしているのかを察知した。
乳首クリップの痛みと、イラマチオの苦痛、
それらが、私の身に、同時に与えられるのだ。
乳首に鎖付きのクリップを付けられたまま、
私は床の上に正座をした。
その日、手には拘束を受けていなかったが、
私は、自ら、両手を後ろで組んだ姿勢をとり、
「さあ、どうぞ」とでも言うように、顔を上げて待った。
Tさんは、準備が整った私の口元におもむろにペニスを近づけると
ゆっくりとイラマチオを開始した。

それからどれくらいの時間が経った頃だっただろうか。
あれほど痛かった乳首クリップの痛みが、
嘘のように消え去っていることに私は気付いた。
乳首クリップの痛みと、イラマチオの苦しさの鬩ぎ合いのなかで、
どうやら私の脳は逝ってしまったらしい。
考えてみれば、イラマチオも乳首クリップも、私の大好きな責め。
それをダブルで施されて、脳が悦ばないわけはない。

と、ここで、
私は、自分でも思いも寄らなかった行動に出た。
私の胸の間には、
左右の乳首を挟んだクリップから続く鎖が、Uの字に垂れていたのだけれど、
私は、それを自分の両手で掬うようにして、
まるで捧げものでもするかのように、Tさんに手渡したのだ。
Tさんの立っている高さからこの鎖を落として欲しい。
迷いは一切無かった。
私の両手は、まるでそれが当り前のことであるかのように動いていた。
そしてTさんも、私からの捧げものを、
ごく自然な動きでありながらも、しっかりと受け取ってくれた。

鎖の重みが、私の手からTさんの手に移る。
その間、Tさんも私も、一言も発することはなかったが、
目と目を見交わした刹那に、私にはわかった。
自分たちは今、言葉ではなく心で会話をしているということが。

「お願いです...もっと、責めてください」
「大丈夫。ちゃんとわかっているよ。おまえの欲しいものはね」

次の瞬間、Tさんの手から、そっと鎖が落とされた。
[ 2012/12/19 ] 調教の日のこと

安らかな予言

調教の日の翌朝のことだ。
いつも通りの家事をこなしながら、
前日の調教の、と或るシーンを思い返していると、
私の中に、ふと、こんな感慨が湧きあがってきた。

「あれは、おもしろい遊びだったなぁ」

前の日、Tさんは、
玩具のように私を弄び、
楽器のように私を鳴らし、
いたぶりながら、何度も、私を嗤った。
Tさんが、ああもしよう、こうもしよう、
と考えてきたと思われる、新しい責めも実行され、
私は、苦痛にのたうちながらも、
心の内では、Tさんから与えられる次なる苦痛を待ち望み、
どこまでも高揚した。

このように、胸躍らせるようにしてSM行為に身を投ずる私であるが、
Tさんから施される責めを「遊び」と思ったことなど無かった。
Tさんには、私の身体を使って大いに遊んでいただいて構わないのだ。
ただ、私自身が、それを「遊び」と思ってしまうのは不謹慎。
そんなふうに考えているようなところがあった。
にもかかわらず、
あの調教の翌朝、私は、はっきりと、こう思ってしまったのだ。
「おもしろい遊びだったなぁ」と。

自分の中に生じたこの心の動きが、
私には意外であり、また、興味深くもあり、
Tさんの意見をぜひ聞いてみたくて、事の次第をメールに書き送る。
Tさんからは、次のような答えが返ってきた。
「今回のジュディの、"楽しい遊び"という感覚は、
また一つ、レベルが上がった証だ。
その領域に到達すれば、
どんな調教も、それがハードになればなる程、
その非日常的な度合いや、責めの残虐さ過激さを楽しむことができるようになる。
すべてが物足りないと感じ、常に、次のステップを求めるようになる。
ジュディ、 もう抜け出せないね」

おまえは、もう、SMの世界からは抜け出すことができないよ。
Tさんは、私にそう言っているのだ。
けれどもそれは、視点を変えれば、
私はずっとそこに居られる、ということ。
私の居場所がそこに在る、ということだろう。
こんなふうに思い至った瞬間から、
「もう抜け出せないね」というTさんの言葉は、
私にとっての、<安らかな予言>となっている。
[ 2012/11/21 ] 未分類

余裕

浴室で、Tさんに、自然排便を命じられる。
この日、私は、Tさんから、
朝の排便はしてこないように、との指示を受けていたので、
アナルに関する何らかの調教が予定されていることを察してはいたが、
まさか「自然排便」を命じられるとは思ってもいなかった。
Tさんの目の前で、浣腸無しでの排便をするのは何年振りだろう。

「上がれ」
そう言って示された場所は、浴槽の縁(へり)の上。
私は、浴槽の縁に上がり、
浴槽の方を向いて和式トイレのスタイルでしゃがんだ。
Tさんが近くでビデオカメラを構える気配があった。
どうやら、私の排便の一部始終が、動画に収められるらしい。

Tさんの目の前で行う自然排便は、
彼と主従関係を結んで間もない頃に、一度経験したことがあった。
当時、私は、まだSMの世界に入りたてで初々しく、
主から命じられたことを頑張って遂行するのだ、という覚悟を胸に、
人前で排便をする恥ずかしさと闘いながら、
必死の思いでその行為に臨んだ記憶がある。
けれども、今回、その時と同じことを命じられたにもかかわらず、
私には、前回のような、気負い立つ感じは全く無かった。
また、戸惑ったり、躊躇ったり、ひどく恥じらったりするようなことも無く、
何か、しんと静かな気持ちで、Tさんの命令を受け入れていた。

とは言え、人前で、肛門も露わに、自分の排便姿を晒すのだ。
正常に感情の働く人間であれば、羞恥心や抵抗感で身悶えするほどだろう。
にもかかららず、
私は、自分でも驚くほど淡々とそれを行った。
Tさんが撮影している動画に、
自分が排便する様子は、きちんと、しかも赤裸々に記録されているだろうか、
そんなことを考える余裕さえあった。

人に見られながらも、堂々と、涼しい顔で排便する女など、
サディストにとっては面白くも何ともなかったかもしれないが、
実際、私は平気だったのだから仕方が無い。
正直に言うが、
躊躇う振り、恥ずかしがる振りをすることは簡単だ。
やろうと思えば、いくらだってできる。
けれども、振りをしたり演じたりしては、Tさんに対して失礼というもの。
また、それをやってしまえば、
二人の、貴重でたいせつな時間を穢すことにもなってしまう。
だから私は、
Tさんという"好きな男"の目の前でも淡々と排便ができる自分を、
ありのまま、そのまんま見せた。
そして、
「どうぞ、とっくりとご覧になってくださいね」
とでも言ってしまいそうなほどの余裕を持った変態な自分に、
私は、誇らしささえ覚えた。

いったい、私の中に生じたこの余裕は、
「慣れ」なのだろうか、それとも、「成長」なのだろうか。
たぶん、その両方なのだろう。
M女の成長の過程について、以前、Tさんが、
「はじめは出来なかった事も、経験を積むことにより、出来るようになる。
そして、ただ出来るだけでは無く、それを楽しむ余裕ができる」
と言っていたことがあったが、
全くその通りであるということを、
今回のできごとを通じて、私は身を以て知ることとなった。
[ 2012/11/09 ] 調教の日のこと

宿題の周辺で

命令、宿題...
Tさんからそんな言葉で指示をされて、単独で行う変態行為の断片を、
これまで、私は、<ひとりの行為>というカテゴリのなかで書いてきたが、
正直に言うと、この<ひとりの行為>を、私は、少しだけ苦手に感じていた。
M女と一口に言っても、個々の在りようはさまざまである。
私は、Tさんと主従関係を結んではいるが、
主から四六時中管理されたい、支配されたい、
と願うようなタイプのM女ではない。
日々の生活の中で、TさんとのSM行為にひどく焦がれることはあるが、
それすら、ほんの短い時間であり、
基本的には、Tさんから実際に調教を施されている時を除いて、
私のMのスイッチが入ることは、ごく稀である。
命令をされて行う<ひとりの行為>に対する苦手意識は、
そんな私の性質に寄るところが大きいのかもしれない。

とは言え、Tさんから与えられる宿題に対しては、
当たり前のことだが、私は、いつも真剣に取り組んできた。
主従関係を結びたての頃にTさんから言われた、
「主の命令に従えなければ、そこで主従関係は終わってしまう」
という言葉を肝に銘じているからだ。
また、私は、Tさんが私に宿題を出すのは、
単に彼の楽しみのため、というのではなく、
私の主として、何らかの意図があってのことだと思っていて、
自分がTさんの命令に真摯に向き合っていれば、
いずれ、彼の意図するところを知る機会も訪れるだろう、と考えていた。

先日の「オプション」という記事に書いた、重りを使った宿題の後も、
Tさんから、また次の宿題が出されて、私はそれを行ったばかりだ。
いつものように、写真を添付した報告のメールをTさんに送ると、
「送られた写真から、様々なインスピレーションをもらった。
責めのバリエーションが増えて、嬉しいよ」
とのコメントをいただく。
Tさんからは、さらに、
「ジュディが写真に撮ろうとするショットは、
自然に、"こういう事をされたい"ということを示している。
僕が宿題の写真を要求するのは、
ジュディの、自らの願望に気付かせる為でもある。
日々の願望...大切にしろ」
というメッセージが届いた。
この言葉をいただいて、私は、
Tさんが私に宿題を与え続ける理由の一端に触れたような思いがしている。

私は、つい最近まで、
宿題は、Tさんから少し離れたところにあるものだと考えていた。
自宅で、一人ひっそりと行う宿題に、微かな寂しさを覚えたこともあった。
けれども、このところ、
宿題の周辺で、Tさんとさまざまな遣り取りをしているうちに、
私は、Tさんの命令に始まって実際の調教にまで至るひとつの流れ、
即ち、命令⇒宿題⇒報告⇒評価⇒対話⇒調教という、私たち独自のアプローチを、
自分の中で、自然に思い描くようになっている。
そして私は、ある時、ふと、こう思い至った。
宿題も、Tさんと私が共有する世界を彩る、たいせつな欠片の一つなのだと。
これは、私の中に生じたうれしい気付き。
Tさんが折に触れて私に伝える、「二人で創る世界」という言葉が、
今、私に、実感として迫ってくる。
[ 2012/10/19 ] ひとりの行為
プロフィール

ジュディ

Author:ジュディ

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